近況報告

2011/09/05 皆様へ

ダカールラリーを始めとする数多くのラリー参戦に於いて、多くの皆様から熱いご支援ご声援を頂いていることを心から感謝しております。 誠にありがとうございます。

また、サラリーマンとして参戦したダカールラリーでは、帰国直後からの業務復帰のため、多忙を言い訳に、皆様のもとへ十分な挨拶に回れなかったことを心苦しく感じております。

現在、事実上の休止状態となっている僕のラリーレーサーとして活動ですが、僕としては生涯にわたり、ラリーレーサーを続けるだろうという運命を感じています。
僕の体や脳そして心は、ラリーのフィールドへ行くと条件反射的に活性化されます。大量のアドレナリンが分泌量され、100%をはるかに超える能力を発揮してしまうのですから、これを運命と感じないわけには行きません。

世界一過酷なレースと言われるダカールラリー、その厳しさを身をもって感じ理解してきました。今では、決して楽勝とは言えませんが、僕には余裕をもってゴールする自信があります。

しかし、直近の2006年のダカールラリーでは、技術的や体力的では十分な余裕をもってゴール出来たものの、精神面でこれまでにない巨大な壁に直面しました。

直前まで一緒にレースを走っていたライダーが、目の前で遺体としてヘリで運ばれて行きました。その光景を思い出すたびに、悲しみや不安に襲われるのはもちろんですが、同時に大きな疑問が生まれ始めました。

「いったい、何のために走るのか?」「なぜ好成績を目指すのか?」という疑問、これは戦意喪失に近い厳しい状態でした。 そして、その後も最後まで走り切れたのは、僕を応援してくれる皆さんの気持ちに応えるという目的があったからであり、ゴール出来たのは皆様のおかげでした。

2006年のダカールラリーを終えた後、僕には大きな難題が残りました。

夢や情熱という言葉にすればカッコよく聞こえますが、それまで僕がラリーへと取り組んできたのは、「ラリーを走りたい」「好成績を残したい」という自己満足に起因していたことは間違えありません。

「何のために走るのか?」

この難題は、ラリーに限りませんが、レーサーならいつしか直面し、時にレースへの戦意を奪い引退へと導く、レーサーにとっての大きなハードル、いえ巨大な壁です。

この巨大な壁を乗り越えるために必要なのは、レーサーとしてのアイデンティティ、つまり、何のためにレースをするのか?に対する答えしかありません。

「サラリーマンとして得た収入をもとに自分自身でラリーへ参加を決め、皆さんを巻き込んで応援してもらいました」このような僕のスタイルスタイルは、サラリーマンでもラリーで活躍できるという可能性を十分に実証しましたので、誠に勝手ながら卒業します。

現在はサラリーマンをやめ、起業して自分自身のビジネスに取り組んでいます。まだまだ、生計を立てるのさえ精いっぱいな状態ではありますが、これも新たなステージへ踏み出すための充電期間です。ラリーレーサーとして、これまでの二輪に加え、より可能性の広がる四輪でのレースも視野に入れ、自分自身の能力を高めて行くことに間違えありません。

「××のために走る」という明確な答えを見つけた時、再び、ラリーレーサーとして活躍させて頂きます。今後とも、皆様の熱いご支援ご声援をお願いします。

2011年9月11日
堀田 修




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